・2008年の金融危機当時、住宅ローン証券の空売りを仕掛けたマイケル・バーリ氏が率いるヘッジファンド、サイオン・キャピタルは、今年3月末時点の持ち高の4割近くをテスラ株のプットオプションが占めている。

・また、長期米国債のプットと短期米国債のコールを買い持ちにして、米経済の正常化とインフレ期待の高まりに備えている。

・足元の市場の流れにうまく乗っていると思われるバーリ氏の持ち高は、注目に値すると言えるだろう。

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 マイケル・バーリ氏が運用するヘッジファンド、サイオン・キャピタル(Scion Ccapital)が5月17日に米証券取引委員会(SEC)に提出した株式保有報告書(フォーム13-F)によると、2021年3月末時点での運用総資産額は13億5393万ドルで、そのうちの4割近くはテスラ・モーターズ(NASDAQ:TSLA)株のプットオプション(売る権利)が占めていた。

 2008年の金融危機を予見して住宅ローン証券を空売りを仕掛け、マイケル・ルイス氏の著作「Big Short(邦題:世紀の空売り」)で有名になったバーリ医師が、いまここでテスラ株を大きく売り持ちにしている。

 3月末時点のサイオン・キャピタルの保有資産構成(上位10銘柄)は、以下のようになっている。

銘柄時価(1000ドル)構成比(%)
テスラ(TSLA) プット534,41139.4711
長期米国債ETF(TLT) プット171,53412.6693
アルファベット(GOOG) コール165,49012.2229
フェイスブック(FB) コール161,99211.9646
短期米国債ETF(TBT) コール55,1334.0721
クラフト・ハインズ(KHC) コール46,9923.4708
ラッセル2000種グロース株ETF(IWO)プット42,3743.1297
CVSヘルス(CVS) コール30,0922.2226
ネットアップ(NTAP) コール21,8011.6102
コアシビック(CXW) コール9,9550.7353

 テスラの時価総額は昨年、8倍に急伸して12月にはS&P500種株価指数の構成銘柄に採用され、インデックス運用の成果を大きく左右する影響力をつけている。今年に入ってからも続伸し、一時はほぼ900ドルをつけたものの、2月以降は荒い値動きで調整を繰り返し、21日の終値は580.88ドルで年初来17.68%安となっている。

 フォーム13-Fでは、残念ながらどの時点で持ち高をとったかや、オプションの行使価格や行使期限などは明らかにされていない。ただ言えることは、バーリ氏がテスラの事業を否定的に捉えて、持ち高の大きな部分をテスラ売りに傾けたということだ。そして、これまでのところ、この判断は正しかったように思われる。

 テスラのプット買いに加えて注目されるのは、長期米国債のプット買いだが、これは米経済の正常化を期待した自然な姿勢とも言えるだろう。新型コロナウイルスのワクチン接種が普及し、米国では経済活動の正常化に向けた動きが広がっている。一方、米連邦準備制度理事会(FRB)は、経済を下支えする超緩和政策を維持する構えを解いておらず、市場のインフレ期待が高まり、長期国債の利回り上昇(価格下落)圧力につながっている。

 こうした中、サイオン・キャピタルは、長期米国債のプットを買う一方で、短期米国債のコール(買う権利)を持ち高に加えている。繰り返しになるが、これらのオプションの詳細は明らかでないものの、緩和金融政策の継続とインフレ期待の高まりから、債券の利回り曲線がスティープ(右肩上がり)になるとみた持ち高をとったものと思われる。

 また、テスラのプット買いに対して、アルファベットとフェイスブックのコールを買っているが、これはある程度のヘッジ効果を期待したものかもしれない。また、グロース株ETFのプット買いも、年初来目立つ市場のグロース株離れに沿った動きだろう。(バーリ氏はどうやら、アルファベットとフェイスブックはグロース株とはみなしていないようだ。)

 以上を総合してみると、サイオン・キャピタルが1-3月期に行った持ち高形成は、少なくとも足元の相場の流れにうまく乗っていると思われる。住宅バブル崩壊を正しく予見したバーリ氏の神通力が、いままた正しさを証明するかは結果を待つしかないだろうが、注目には値すると思われる。