ゲームソフト大手アクティビジョン・ブリザード(NASDAQ:ATVI)は2月18日、米証券取引委員会(SEC)に提出した臨時株主総会に向けた委任状勧誘参考資料案で、ソフトウエア大手マイクロソフト(NASDAQ:MSFT)との合併合意に至る経緯を詳しく説明している。
アクティビジョンは207ページに及ぶこの資料の中で、11ページを割いて1株あたり95.00ドル、総額687億ドルでの身売りの経緯について説明している。この資料は合併について株主の支持を得るためのもので、事業売却を決めた取締役会の判断の正当性を説明し、取締役会がいかに株主の利益を守ることに努め、その結果として今回の判断に至ったかを示している。つまり、今回の経緯についての取締役会側からの説明に過ぎず、真相のすべてを語るものではない。だが、交渉の経緯とその実像を探る興味深い一つの手がかりとなっている。
この資料によると、アクティビジョンがマイクロソフトから最初に買収を打診されたのは2021年11月19日で、アクティビジョンが社内のセクハラ問題に不適切な対応を行ったとウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が報じて同社の株価が急落したわずか3日後のことだった。WSJの報道があった11月16日、アクティビジョンの株価は前日比6.09%下落し66.14ドルとなり、その後19日までにさらに5.68%値下がりし62.38ドルをつけた(この間の日中安値は60.90ドル)。
アクティビジョンの取締役会および経営陣は、事業提携ないし買収について第三者から時折接触されてきたが、2013年に当時親会社だったフランスの複合メディア大手ビベンディ・ユニバーサルから分離独立して以降は、予備交渉から先に進むような具体的事案はなかったとしている。ビベンディはその後16年、保有していたアクティビジョンの株式をすべて売却している。
一方、マイクロソフトとは20年間にわたり、据え置き型ゲーム機「Xボックス」向けに製品とサービスの提供を通じて取引関係を維持しており、アクティビジョンにとってマイクロソフトはソニーに次ぐ2番目の重要顧客となっている。アクティビジョンのボビー・コティック最高経営責任者(CEO)とマイクロソフト・ゲーミングのフィル・スペンサーCEOは、両社の取引関係やゲーム業界一般について定期的に会話しており、コティック氏はマイクロソフトのサティア・ナデラCEOとも同様な機会を時に設けてきたという。
☆ドラマ(買収交渉)の始まり
こうした中、11月19日に「別件についての会話」においてスペンサー氏が、マイクロソフトは両社の戦略的機会(事業統合)について関心があり、ナデラ氏との会談をもちかけ、コティック氏はその誘いを受けた。コティック氏はその後すぐに、この事実を取締役会などに報告している。
スペンサー氏は前日11月18日、社員に向けてアクティビジョンとの関係について「すべての側面を検証している」とし、WSJが報じた「ゾッとする出来事や行動にかき乱され深く悩まされている」と述べている。スペンサー氏がどのような「別件についての会話」の中で買収を持ちかけたかは不明だが、アクティビジョンの社内問題への対応について説明を求めたと考えても不自然ではないだろう。ここから両社の交渉は急加速する。
翌11月20日、コティック氏とナデラ氏の会談で、ナデラ氏はマイクロソフトがアクティビジョンとの合併に関心を持っていることを伝えた。そして11月22日、スペンサー氏とコティック氏、アクティビジョン取締役会のブライアン・ケリー会長が会談し、スペンサー氏がアクティビジョンについての分析を進めるために長期財務計画と見通しの開示を求めた。これに対してアクティビジョンは、マイクロソフトが用意する提案がなされなければ、情報提供には応じない意向を示した。
ブラックフライデーの11月26日、スペンサー氏は再度コティック氏とケリー氏と会談し、マイクロソフトが入手可能な情報に基づき1株あたり80.00ドルで全額現金での買収を予備的に検討していることを伝えた。
11月28日、コティック氏はスペンサー氏に対し、マイクロソフトが1株あたり90.00~105.00ドルの範囲で提案するならば、合併についての協議に取締役会は応じる見通しだと伝えた。翌11月29日、スペンサー氏はコティック氏とケリー氏に連絡し、マイクロソフトとしては1株あたり90.00~105.00ドルの範囲での交渉に応じる意向があるが、この水準の下限が望ましいと考えていると伝え、マイクロソフトの取締役会で協議するにあたり、速やかに交渉を進めたいと述べた。そして12月1日、コティック氏がスペンサー氏と会談し、交渉を進める段取りについて話し合った。
12月3日、アクティビジョンは取締役会と経営幹部、財務および法務顧問との会合をもち、マイクロソフトによる買収について協議した。アクティビジョンの資料によると、この案件が経営幹部に示されたのは、この日が初めてだった。
この会合後さっそく、コティック氏とケリー氏はあるゲーム会社(A社)のCEOから戦略的取引に関心があるとの電子メールを受け取った。取引の詳細などは示されていなかったが、その後、コティック氏はA社CEOから、翌週に面談したいとの連絡を受けた。A社がこのタイミングでアクティビジョンに関心を示したきっかけはこの資料からは不明だが、マイクロソフトの動きについて何らかの情報を得て動いたとも考えられる。
12月6日、アクティビジョンとマイクロソフトは相互不開示合意(NDA)を締結し、この日のうちに、アクティビジョンの取締役会が11月2日の7-9月期決算発表時に承認した21年度(21年12月期)から24年度にかけての長期計画を、マイクロソフトおよび同社の財務顧問であるゴールドマン・サックスに開示した。
同じく12月6日、ケリー氏はある個人(個人B)から、同社のブリザード事業部門のすべて(または一部)を共同投資家とともに買収して非公開化したい意向を示した電子メールを受け取った。この個人Bも、A社と同様に内部情報を得たのかもしれない。
☆買収交渉のクライマックス
12月8日、マイクロソフトの取締役会はアクティビジョンの買収を承認し、スペンサー氏がコティック氏に近く買収提案を行うと伝えた。
12月10日、アクティビジョンの取締役会は経営幹部とのビデオ会議を開催し、マイクロソフトとの協議状況やA社CEOおよび個人Bから打診を受けたことなどを伝えた。取締役会は同時に、マイクロソフトと合併する場合の時期や手続きなどを検討するとともに、A社を含めアクティビジョン買収に関心があると思われる他のゲーム会社についてや、アクティビジョン・ブリザードとして独立経営を維持する可能性についても詳しく検討した。特にA社に関しては、アクティビジョン単独よりも合併することでの大幅な相乗効果が得られるとは考えられないとの結論に達し、外部顧問からも、マイクロソフトが示す全額現金での買収提案よりも妙味があるとは言えないとの評価を受けた。個人Bについては、買収交渉を進める力を取締役会は疑問視し、指示のない限りは個人Bとは関らないようケリー氏に指示した。
同じく10日に、マイクロソフトが1株あたり90ドルでアクティビジョン・ブリザードを買収する意向を示す拘束力のない文書が正式に送達され、この文書でマイクロソフトは12月13日までの回答を求めた。
アクティビジョンの取締役会は12日、経営幹部とビデオ会議を開催し、マイクロソフトからの買収提案の概略を説明した。この会議において、同社の財務顧問を務める会計事務所アレン・アンド・カンパニーは、マイクロソフトよりも優れた条件でアクティビジョンを買収できる可能性のある会社を3社挙げた。
アクティビジョンの取締役会は、同社の買収にマイクロソフト以外の第三者が関心を示して競争になれば、マイクロソフトからもより良い条件が引き出されることがあると考えた。また、マイクロソフトに買収されることで生じる悪い噂などの悪影響の可能性についても協議した。そうした検討の結果、取締役会はまず3社に接触して関心があるかどうかを打診することを許可し、コティック氏と他の経営幹部および顧問に指示した。3社から十分な関心が示されない場合は、他の可能性も探ることとした。
コティック氏は12日のうちに身売り先候補3社のひとつのC社のCEOとD社の取締役会会長に接触し、それぞれからアクティビジョン買収に関心があるとの感触を得た。翌12月13日には、もう1社の候補E社のCEOとコティック氏が会談した。E社CEOは買収の可能性に関心を示したが、実現の可能性には懸念があるとし、数日後のコティック氏とE社上席役員と会談で、E社は合併検討に関心があるものの、アクティビジョンを完全に買収する立場ではないと伝えられた。
12月14日、アクティビジョン取締役会は経営幹部とのビデオ会議で、最新の21年度から24年度にかけての長期財務見通しを協議した。11月2日に取締役会が承認して以降、長期計画実行に関るリスクや21年10-12月期の実績、特に発売したばかりの主力商品「コール・オブ・デューティ:バンガード」の不振と22年も振るわない可能性があることを加味して、長期財務見通しは下方修正された。
この12月14日、取締役会後にコティック氏はA社CEOと会合をもった。A社CEOは、両社の戦略的合併は両社とその株主にとって有益なことだと述べたが、実際の合併提案は行わなかった。A社CEOは、アクティビジョンに対する何らかの要求も、アクティビジョンからの具体的な提案も求めなかった。
12月15日、アクティビジョンの取締役会は経営幹部とビデオ会議で協議した結果、取締役会はマイクロソフトに対し1株あたり90.00ドルの、買収価格を100.00ドルとする提案を行うようコティック氏とケリー氏に指示した。同時に、マイクロソフトが1株あたり最低95.00ドルに買収提案を引き上げることができる場合は、取締役会の追加承認を必要とせずにマイクロソフトとの交渉を進めることを認めた。
同じく12月15日、C社の上席役員が、同社はアクティビジョンとの事業統合の可能性を協議する立場にないと伝えてきた。
この日の夕方、コティック氏とケリー氏はスペンサー氏に電話し、買収価格を1株あたり100.00ドルに引き上げるよう求めた。スペンサー氏は、さらに協議する必要があると答え、一両日中に回答するとした。
12月16日朝、D社会長がコティック氏を訪れ、同社はアクティビジョン買収の可能性に関心があり、D社CEOや他の上席役員とさらに協議する旨を伝えた。一方、マイクロソフトとの交渉はこの日山場を迎えた。
同じく16日朝、マイクロソフトのナデラ氏がコティック氏との電話会議で、アクティビジョンに1株あたり100.00ドルよりも低い提案を検討するつもりがあるかどうかを尋ねた。コティック氏とナデラ氏はこの日、何度も電話で協議を続けた。ナデラ氏はまず、買収価格を1株あたり90.00ドルから93.00ドルに引き上げた。これに対してコティック氏は、1株あたり95.00未満で交渉を進めることは承認されていないが、95.00ドルならば検討することを承認されており、特にリバース・ターミネーション・フィー(買収側の事情で契約を撤回する場合に支払われる契約解除補償金)など主な条件についてマイクロソフトと合意する必要もあると答えた。ナデラ氏は、社内でさらに協議する必要があると答えた後、買収条件を1株あたり95.00ドルに引き上げた。
その後、12月16日夜から17日早朝にかけて、両社の法律顧問と財務顧問がそれぞれ合意契約条項について協議した。そして17日、アクティビジョンの取締役会は、1株あたり95.00ドルでの買収条件で最長30日間の独占交渉に入ることを承認し、コティック氏が率いる経営陣がマイクロソフトとの交渉を続けるよう指示した。つまり、1株あたり95.00ドルでの買収価格は、最初の提案からほぼ1カ月後にまとまったことになる。
17日にはD社CEOが事業統合に強い関心があるとする電子メールをコティック氏に送ってきたが、20日のD社上席役員とのビデオ会議でコティック氏は、当初とは状況が変化しており、当面しばらくはさらに協議する立場にないことを伝え、この会合を最後にD社とのさらなる協議は行われなかった。
12月20日に両社の法律顧問が最新の契約案を交換し、独占交渉の合意を交わした。21日にアクティビジョンの取締役会は経営幹部とのビデオ会議で、マイクロソフトと独占交渉合意に達したことを報告した。その後、クリスマス休暇をはさみ12月27日、マイクロソフトと外部顧問に対してアクティビジョンの内部資料に対するアクセスが提供され、22年1月18日の合併合意にいたるまでの期間でのマイクロソフトによるデュー・デリジェンスが開始された。ここから1月14日にかけて、アクティビジョンの上席役員や外部の法務顧問、財務顧問、会計監査役、マイクロソフトの同様な代表者を交えたビデオ会議や電話会議が数多く行われた。
1月14日から18日にかけて、両社の代表者が合併合意で残された問題についてたびたび協議し、合併合意と情報開示予定についての草稿も多数交換された。17日にアクティビジョンの取締役会は経営幹部とのビデオ会議で、合併合意の主な条件を再確認し承認した。この承認に基づきアクティビジョン・ブリザードとマイクロソフトは合併合意をまとめた。そして1月18日早朝、18日の取引開始に先立ち、アクティビジョン・ブリザードとマイクロソフトは合併合意を締結し、共同報道発表を行った。
☆マイクロソフトはアクティビジョンの価値をどう評価したのか
2021年11月19日から12月16日にかけての事業統合に向けた交渉の経緯をたどると、マイクロソフトはアクティビジョン・ブリザードの経営陣が社内モラルを巡り追い込まれた立場にあることを利用して、ほぼ思い通りに買収条件を決めたのではないかと思われる。
アクティビジョンの社内風土はこれまで、10年以上も前から問題視されていたが、カリフォルニア州公正雇用住宅局(DFEH)が21年7月20日、およそ2年にわたる調査に基づき同社を提訴したことで一気に炎上した。DFEHが起こした訴訟に対する同社の対応を問題視して同社従業員がストライキ決行を宣言するに至り、7月27日に同社の株価は90ドル台から80ドル台前半に下落した。アクティビジョンはその後、子会社の社長辞任や新たな人事責任者の採用、不適切な行為が疑われた社員の解雇などさまざまな対応をとったが、9月20日には米証券取引委員会(SEC)がコティック氏などに雇用環境問題を調査する召喚状を送付した。
コティック氏は4月に自らの報酬の50%削減を取締役会に申し出ていたが、10月28日にはジェンダー改革や多様性実現などの目標達成を取締役会が確認するまでは、ボーナス報酬を全額返上しカリフォルニア州で定める最低賃金(年額およそ6万2500ドル)にとどめると発表した。それでもアクティビジョンの経営陣に対する内外からの批判は収まらず、11月のWSJ報道に至った。今回のSEC提出文書では、コティック氏の報酬の取り扱いについて、社内改革などの目標を達成したとアクティビジョンの取締役会が認めれば雇用契約に基づく報酬を支払う取り決めを据え置いている。
主力製品である「コール・オブ・デューティ」シリーズは相変わらず高い人気を集めているものの、企業文化の悪評が払拭されない中、アクティビジョンの株価は終値ベースで90ドル台をつけたのは7月26日が最後で、マイクロソフトの買収価格である95.00ドルにいたっては7月7日以降つけていない。7-9月期決算が嫌気されて、11月3日以降はマイクロソフトとの事業統合を発表した1月18日まで終値ベースで70ドル台もつけてこなかった。
今回の資料を額面通りに受け止めるならば、マイクロソフトはアクティビジョンの買収を急いでおり、買収条件も当初提示した80.00ドルからあまり抵抗なく95.00ドルで決着させた印象がある。つまり、遅くとも昨年夏頃にはマイクロソフトは具体的に買収を念頭に置いて時機をうかがっていたのではないだろうか。
アクティビジョンの株価は、事業統合発表を受けてようやく80ドル台を回復したが、組合結成を巡る社員との対立は続いており、SECとカリフォルニア州DFEHによる同社の社員管理対応に関する調査は拡大継続されている。「ダイバーシティとインクルージョン」を掲げるマイクロソフトとしては、現在のアクティビジョンの企業文化は到底受け入れられるものとは思えない。それでも事業統合に踏み切ったのは、やはりアクティビジョンの技術力・開発力に対する高い評価があるためだろう。
2023年6月30日までの完了を予定しているこの事業統合は、業界の寡占集中を避けようとするバイデン米政権の方針に従い、反トラスト法(独占禁止法)に基づき厳しく審査されることになるが、一部で報じられているように、統合が完了した場合、コティック氏らアクティビジョン・ブリザードの現経営陣がそれまで残っていたとしても、新たな職責は与えられずに組織を離れることになるかもしれない。