AT&T(NYSE:T)はようやく、2018年に買収したワーナーメディアが手掛ける動画配信サービス「HBOマックス」に積極的に力を入れ始めた。同社はタイム・ワーナーとの事業統合に手間取り、競争が激しくなっている定額動画配信(SVOD)市場への参入に出遅れた。昨年11月にウォルト・ディズニー(NYSE:DIS)とアップル(NASDAQ:AAPL)が先行し、HBOマックスのデビューは半年遅れの今年5月27日となり、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染拡大を背景とした巣ごもり需要を獲得する機会も逸した。さらに悩ましいことに、先行する2つのサービスの利用料は、HBOマックスの月額料金15ドルをはるかに下回っている。

 こうした中、ワーナーメディアは、来年公開する映画作品の劇場とHBOマックスでの同時公開を決めた。ワーナー・ブラザースは2021年に17本の作品公開を予定している。感染防止で主な米国内の映画シアターはまだ閉鎖されており、劇場のチケット売上高は大幅に減少するが、HBOマックスの定額会員は伸びるはずだ。

 ここで問題となるのは、劇場売上高の落ち込みをSVODサービスの展開で埋め合わせることができるかだ。パンデミック(世界的大流行)の影響がなかった19年に、ワーナー・ブラザースの作品は劇場部門で60億ドルを売り上げ、24億ドルの営業利益を計上した。一部のアナリストによると、21年は劇場部門の売上高が12億ドル減少する見通しだ。この落ち込みを埋め合わせるためには、年間180ドルの定額会費で670万人の新規会員を獲得する必要がある。現在行っている6カ月間20%割り引くキャンペーン価格で計算すると、840万人近くの新規契約を要することになる。

 映画産業はこれまで、月額100ドルのケーブルテレビや1人当たり15ドルの劇場入場料を収入源としてきたが、いまや月額わずか5ドルの定額配信に軸足を移しつつある。ワーナーに先行したディズニーは、すでに7,400万人の定額利用者を確保している。

 ワーナーメディアが動画配信サービスでディズニーやネットフリックス(NASDAQ:NFLX)と競り合うためには、利用料を引き下げるだけでなく、コンテンツを充実させる必要がある。新たなコンテンツへの投資により、同社の採算はさらに圧迫されることになる。

 AT&Tはすでに21年の予想売上高について前年比1.6%増に下方修正しているが、さらに引き下げることになるかもしれない。HBOマックスの定額利用者が爆発的に増えることでもなければ、いくらPERが低水準にあり割安だからと言っても、AT&Tの株価上昇に期待するのは難しいだろう。